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020. クリスマスに処刑。


危険・警告 少々グロい表現・画像があります。


自分のやってきたことが返ってきた。
自分のやらなかったことが返ってこなかった。


12月25日、クリスマス。
この日に処刑された独裁者の夫婦がいました。

ニコラエ・チャウシェスク (1918〜1989)
エレナ・チャウシェスク (1916〜1989)

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1989年、ベルリンの壁が崩され、東欧の社会主義国が次々と崩壊していく中、最後にルーマニアも人民の抗議デモ→流血事件→大統領夫妻逃亡、そして夫妻の処刑で革命と共にその幕が下りました。

銃殺シーンや、目を半開きにして虚空を見つめ息絶えるチャウシェスク大統領の死体が全世界に配信されました。
当時、私は高校一年生でしたが、一連の報道を見て、強い衝撃を受けました。冷や汗2


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■ルーマニア

紀元前1000年頃からこの地方に住んでいたダキア人と、植民したローマ人が混ざってルーマニア人の祖先となりました。
ローマ人の血筋を引いているので、ルーマニアは東欧で唯一のラテン系民族の国です。

ローマ帝国の支配、オスマン帝国の支配などを経て、1877年に独立。
第2次大戦後の1947年、ソ連の圧力により王政が廃止され、共産化。

かの悪名高きチャウシェスクは、1965年に共産党党首、1974年に初代大統領となり、縁故主義による独裁政治で、家族や親族らとともに「王朝」と呼ばれるほど権勢を振るいました。

チャウシェスク夫妻の独裁国家たるルーマニア人民共和国は、1980年代に貿易赤字が2兆円を突破!


■経済破綻→耐乏政策

輸入を抑え、輸出を多くすることで外貨を獲得する。
2兆円の借金を9年で完済するが、そのしわ寄せとして、国内で物資が不足し配給制度に・・・。
停電は当たり前。人民は暖房を制限され、冬は氷点下の寒さに震える。

一方で大統領夫人のエレナは贅沢三昧、豪華な衣服や靴などを一年分ストック。一度身につけたら二度と袖を通さない。スポーツブティックTシャツ(ボーダー)

宝石を買いあさり、別荘を建てまくりました。プレゼントぴかぴか(新しい)指輪王冠家学校ビルぴかぴか(新しい)
「H2O」すら知らないほどの科学オンチの彼女は、夫と共に個人崇拝を強め、科学者としての権威を高めようと他人に書かせた100以上の論文を発表し、名誉博士号の収集に熱中。


■国民の館 / Casa Poporului

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多くの建物を潰し、8万人もの住民を強制退去。
総工費1500億円、3000以上の部屋を備えた、
アメリカ国防総省 本部庁舎(ペンタゴン)に次ぐ世界第2位の大きさを誇る建造物で“国民の館”とは名ばかりの大統領一家の私邸。


■国民の利益<党の利益=大統領一家の利益

贅沢を指摘されると、

エレナ夫人:「何を言ってるの!お前たちの家も車もすべて党のもの。つまり私のものよ。党に役立つ間だけお前たちにご褒美として預けてるの。忘れないで!」



■強制的人口増加政策

人口が増えれば国力は上がるということで、女性は45歳までに5人の子供を産むことを強制され、中絶を認めませんでした。


■食糧不足、贅沢三昧

育てきれず捨て子や孤児が増える。
栄養剤がわりに輸血→HIV感染

エレナ夫人自身は2人だけ出産。

隠し財産 580億円

「彼女と付き合いたい」「悪い虫がつかないように」という息子の希望通り、ルーマニアの妖精、ナディア・コマネチを軟禁。

秘密警察(セクリタテア)を使って反体制運動を弾圧。


■1989年12月22日、礼賛演説

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忠実な党員を中心として市民1万人を集会に動員し、彼らを前に、チャウシェスクが演説しているとき、群集の中から叫び声が上がりました。

「人殺し!」

それを言ったのは35歳の技師。拷問・処刑を覚悟して声を上げたのでした。
一瞬、あたりは、シーンと静まり返りました。技師は、「自分の人生は終わった。」と思いました。しかしその次の瞬間、別の人が「そうだ!」と叫び、また「お前は嘘つきだ!」「大統領を倒せ!」という叫び声も上がり、会場はパニックになりました。

これをきっかけに、チャウシェスクを非難する大合唱・・・もはやそれは止めることができないまでに大きくなりました。
チャウシェスク本人は何が起きたのか理解できず、まるでキツネにつままれたような顔つきで、演説を中断したまま引っ込みました。
技師の勇気あるこの一言によって
、その革命の火蓋は切って落とされました。

そして鎮圧に出た軍は大統領を裏切り、民衆につきました。
夫妻はヘリコプターで逃亡しました。

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しかし翌23日には逮捕され、形式だけの軍事裁判の上、即銃殺刑となり、その一部始終がカメラに収められ全世界に流されました。


■特別軍事法廷(裁判映像)
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チャウシェスク大統領:「こんな裁判は認めない!どんな質問にも大国民議会でのみ答える!」

判事:「平等であるべき我々なのに、私はテレビであなた方の贅沢な別荘を見た。」

エレナ夫人:「とんでもない。あれはただの市民と同じアパートよ。」

判事:「あの別荘が?」

エレナ夫人:「何の別荘よ?そんなものないわ!私たちは国民を愛しているわ!」

判事:「ではなぜ国民から逃げたのですか?」

エレナ夫人:「国民って?」

判事:「広場にいた国民さ。」

エレナ夫人:「逃げてないわ。」

判事:「・・・・・・。」



■判決

判事:「司法と国民の名において裁判所は満場一致で決議したことをここに宣言する!被告ニコラエ・チャウシェスクと被告エレナ・チャウシェスクに対し、全財産の没収と死刑を宣告する。」

・6万人の大量虐殺

・国家権力、国内経済の破綻

・不正蓄財1400億円

チャウシェスク大統領:「私たちに触る権利があるのか?お前らのような裏切りがあっても、正しきルーマニアの国民は必ず生き延びるぞ!!」


エレナ夫人:「恥知らずが!私が母として育ててきたのに!!」


縄で縛られる。

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エレナ夫人:「ちょっと、やめて! アタシに触るんじゃないわよ! なんで縛るのよ! 恥知らずが! 国家の母を殺せるものか!!!!!」

喚き散らす婦人・・・最後まで権力者のつもりだったようで・・・。

指でOKどんっ(衝撃)(゚Д゚;)あせあせ(飛び散る汗)―・  ズキューン

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そして複数の銃声の後に映し出された死体・・・。
それは全世界に公開されました。

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チャウシェスク政権を打倒し、新たに政権を樹立した救国戦線により、間もなく死刑が廃止されたため、チャウシェスク夫妻はルーマニアで死刑となった最後の人物でした。

政権がルーマニアは共産主義が崩壊して民主化された後も、経済は停滞しており、貧困から脱却できず、国民の不満が高まり、ストやデモが頻発しているそうです。
「チャウシェスク、私たちはあなたが恋しい」といったプラカードを掲げる者もいました。

処刑の罪状となった6万人の大量虐殺は、1000人未満であったとの報告があり、また公表されている不正蓄財も当初の1400億円からはずっと少ない額だったそうな・・・。

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埋葬後、遺体がすり替えられた可能性が指摘され、2005年には埋葬された遺体が本物であるかどうか鑑定するよう遺族が訴訟を起こしました。

2010年7月21日、DNA鑑定を行うために墓から遺体が掘り起こされました。

↓埋葬後21年経って掘り起こされたチャウシェスク元大統領
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そして法医学の専門家による鑑定が行われた結果、11月3日にはチャウシェスク本人であることが確認され、ニコラエとエレナの遺体であることが確定し、改めて埋葬されました。

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現在、チャウシェスクの負の遺産として残されている国民の館は一般公開され、世界中から多くの人々が訪れています。
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●ルーマニア革命



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